大学の簿記が面白くない理由
僕が初めて簿記に触れたのは大学1年生の時でした。
入学当時、友達に誘われて「簿記概論1」という授業を
教室で受けた時の衝撃は今でも忘れられません。
使用したのは中○経済社から出ている
「簿○講義3級」(まんまやん!)というテキストでした。
------------------------------回想ここから--------------------------------------
教授「それでは始めます。10ページの貸借平均の原理について
あーだ、こーだ(以下、テキスト棒読み)・・・」
僕「???」
教授「20ページの転記についてはごにょごにゅ・・・
(以下、テキスト棒読み)」
僕「????」
理由の説明もなく、淡々と進む講義。。。
教授「では、今日の講義は終わります。
次回から授業の冒頭15分を使って毎回小テストします。」
学生一同「えーっ!」
講義後、、、学生たちから聞こえてくる声。
「俺、簿記全然分からないよー。」
「もう丸暗記で毎回のテストに臨むしかないな。」
「やっぱり、簿記って面白くないね。」
僕「・・・」
------------------------------回想ここまで--------------------------------------
学者が書いた自己満足に近い内容のテキストに、
これまた教授の火に油を注ぐようなお粗末な講義。
こりゃ、簿記が難しく感じたり、敬遠したりする
人が多いのもある意味当然だなーと思いました。
簿記に関する第一印象は最悪でした。
なぜ、教授が関与する簿記のテキストと
教授が説明する簿記の講義は分かりにくいのか?
これには2つの理由が存在します。
(1つ目の理由)
・大学教授は研究のプロであって、指導のプロではないこと。
まず、1つ目の理由ですが、研究というのは新しい
知識を身につけるためのインプットです。
一方、指導というのはその知識を分かりやすく転換
した上で、受け手に上手く伝えるためのアウトプットです。
大学教授は自らの得意分野の研究を生業としているのであって、
教えることは二の次、三の次なんです。
インプットとアウトプットというのは
車の両輪に例えることが多いのですが、
どちらもバランスが重要なんです。
大学教授の場合は圧倒的に
インプット>アウトプット
なんですよね。つまり、アンバランスなんです。
水に例えるならば、
ダムに知識という名の水が大量に入って来たとしても、
適切な水量を放水しないので、
下流に住んでいる人間が、
その水の恩恵を受けられていない
ようなものです。
これが、大学教授による簿記講義が分かりにくい1つ目の理由です。
(2つ目の理由)
・言いたいことと伝えたいことの区別がついていないこと
この2つ目の理由は非常に奥が深いお話しなんですが、
両者の違いをまとめると・・・
言いたいこと⇒自分を重視。主観的、一方的。
伝えたいこと⇒相手を重視。客観的、双方向的。
といった感じです。
さっきお話ししたように
教授は指導のプロではないので、
言いたいことと伝えたいことの違いがよく分かっていません。
ゆえに、言いたいこと=伝えたいこと=伝わること⇒言いたいことはすべて伝わった。
みたいな謎の公式が存在しているのです。
結局、教授の言いたいことっていうのは、
本人による自己満足でしかないわけです。
学生の立場に立って、簿記検定に出るから重要
っていう見方ではなく、
自分が言いたいから説明が必要
っていう見方なんです。
以上の2つの理由
・大学教授は研究のプロであって、指導のプロではないこと。
・言いたいことと伝えたいことの区別がついていないこと
が、大学教授による簿記講義が分かりにくい理由です。